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そういえば自分も無給医だった

大学病院勤務で卒後4、5年目の頃、自分の上級医に「長嶋はワーカホリック(仕事中毒)だからなぁ」と言われた。

は?と思った。

全く自覚がなかったから。

でもよくよく思い返してみると、朝は7時までに出勤して受け持ちを回診してカルテ書いて(静かだしパソコン空いてるから捗る!そして患者さんが検査などに行ってしまって不在、ということがないのでみんなと話ができる)、午前中の仕事に行って、昼を掻き込むように食べて、午後の診察の前に実験室に行って、夜の実験の準備をして、午後の仕事して、夕方に研修医の報告を受けて、上級医と研修医でミーティングして受け持ち患者さんの今後の方針決めて、患者さんと家族に病状説明とかして、全部終わったら研究室行って深夜まで研究して、1時頃に深夜営業のラーメン屋で夕飯食べて、という生活を毎日繰り返していた。

これを見ると、今思えば確かにワーカホリックなのかもしれないけれど、当時はそんなこと考えたこともなく、上級医から言われたのもすごく心外だった。

 

その頃の僕は、医者という仕事の面白さに気付いた時期だったのかもしれない。

病棟ではもはや新人ではなく、研修医を教える立場であり、何事も自分で決断できるようになった。少し早いけれど大学病院で外来を持たせてもらえ、自分の受け持ち患者さんを自分の外来に積極的に入れていた。

研究者としても独り立ちしつつあり、学位論文を書き、次の実験のプランとかを研究室の上の先生と相談していたりした。

有り体に言えば仕事が楽しかったのだ。

だからこの生活が全然苦じゃなかった。

でも、だからこそ、この気付かない感じがはたから見ればホリックなのだろう。

 

その当時、僕はその生活を好きでやっていたし、楽しんで仕事をしていた。子供の頃寝る間を惜しんでゲームをしたように、話の続きが気になって夜遅くまで読書したように、その時期僕は他の何よりも仕事を楽しんで優先していたと思う。

朝早くても、夜遅くても、余暇がなくても、別に苦しくなんかなかった。

今も後悔はしていない。

その時期に培ったスキルや考え方が今の自分を構成しているし、それ以前を振り返れば、不登校の高校生初、チャランポランな大学生経由の自分が一人前の医者に辿り着けたのは、その楽しく充実した時期を過ごしたからだと断言できる。

 

ただ、今思えば、おかしい事もある。

その頃の僕は大学院上がりの無給医局員だった。正式には員外助教と言われていた。員外とは員数外、つまり数に入っていないということだ。助教を名乗ってもいいけど給与とかはないよという立場だ。大学からの給与はなく、残業手当(どれだけ残業しても1日千円くらい)と当直代(1回数千円)だけが出た。当然それでは生活がままならないので、生活費はアルバイトで稼いでいた。

今、報道で無給医の話題が出て、知識人や有識者の方々がこぞっておかしいおかしいとコメントされるので、ああやはりそれはおかしいよなあ、と客観的立場になった今でこそ思える。

だが渦中にいた時にはそれが全くもって日常であり、普通だったから、そして自分だけではなく周りにいたみんながそうだったから、それが変だなんて全く思いもよらなかった。そんなものと思っていた。

 

多分僕と同世代の医師はみんなそんな感じだったのだと思う。

みんな大学で「診療を勉強させてもらっている」という建前でタダもしくはタダ同然の給与で働いていた。

苦しそうな奴もいたし、僕みたいに頭のネジが数個飛んでしまって楽しく働いている奴もいた。

 

大学病院を離れてもうすぐ8年が経過する今振り返ると、僕はたぶんはたから見ればワーカホリックだったと思う。それを当時の僕自身はワーカホリックとは思えなかった。それは、おそらく大学で自分がやっていることに対価をもらったことがなかったためなのではないか、当時の僕は大学での仕事を労働と捉えきれてなかったのではないかと今なら思える。

 

前述したが、僕自身はその日々を満足している。

自分のやりたいことをやっていたし、給料が出ないことは当時のスタンダードだった。

今更払ってくれとは思わない。

 

だけど、時代が変わって、大学病院が隔絶された社会の中で通してきた「普通」は白日のもとに晒され、世間の人から普通じゃないと言われてしまった。

もうこれを普通としてやっていくのは困難だろう。

労働には対価を支払うべきであって、そこに教育的要素が介在していたとしても、それを理由に給料を払わないということは一般社会ではありえない。

これからは無給医というものはいなくなると思う。

 

ただ、それは大きな変化の始まりに過ぎないのかもしれないとも思う。

大学病院にとって無給医に給料を与えるということは巨額な人件費の増加を意味する。

それによるしわ寄せはどこに来るのか、無給医が有給医になっても突然モチベーションが上がって2倍3倍の仕事をするはずもないから、収益はあまり変わらないだろう。そうすると何かでコストカットしていかないといけない。

簡単なのは人件費だ、医師、看護師、医療事務、コメディカル、様々な職種の職員が多数在籍している中、大学の方針によって削減される部署が出て来る可能性が高いと思う。

医師も例外ではない。

僕らの時代には医師に就活はなかった。

行きたいと思った科の門を叩き、「行きます」と言えば入局だった。

タダなんだから何人入っても人件費は増えない。たくさんいるほど上の仕事は楽だし、売上も伸びる。

 

でもこれからは人数制限される可能性だってある。

予算に限りがあるのだから、入って来る医師の数も限定しなければならないと考えるのは当然だろう。

自分が学びたいと思った大学の診療科にも人数制限で行けなくなる時代が来るのかもしれない。

それでもガバナンスがより大切な時代だ。

行きたい科、学びたい場所があるなら就活みたいなことをして、努力して勝ち取って、そこで給料をもらいながら働く。

一般社会で当たり前のことが、いよいよ医者の世界でも普通になるのかもしれない。

長嶋 理晴 | ニュース | 02:22 | comments(0) | - |
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