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老衰の看取りにおける補液について

当院は在宅支援診療所なので24時間対応の訪問診療システムをとっています。
訪問診療を行っていると、年数件は老衰によるお看取りをすることがあります。
最期のあり方は本人や家族の意向を尊重し、出来る限り寄り添っていくというのを当院の方針としていますので、自宅で最期を迎えたいという方にはなるべくそれを叶えてあげられるよう、最善を尽くしているつもりです。


そんな自宅での最期を迎えようとしている患者さんへの対応で最も頭を悩ませるのが、水分や栄養補給に関してです。
衰弱が進んでくると、人は物を食べたり飲んだりすることができなくなります。
そのまま食べたり飲んだりできなければ当然栄養不足となり命の危険があるため、回復の見込みのある患者さんには点滴などによる水分と栄養補給を行います。

しかし、加齢で衰弱してしまった場合は、言わば自然の成り行きとも考えられます。積極的な水分や栄養補給により回復する見込みが少ない場合、それに対してどのように水分や栄養補給を行うのかは、実は未だ正解がありません。

同じ終末期でも癌の終末期の患者さんにどのように水分補給を行うかということについては、ガイドラインが策定されています。

終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン

それによれば、1000ml以上点滴して脱水を補正させたとしても、させなかった場合と比べて身体的苦痛は変わらず、QOLは向上しなかったとされています。

この結果を根拠に、
・1000ml以上の点滴は行わない。
・本人、家族の意向を確認した上で点滴の中止を考慮する。

という治療方針を推奨しています。

一方で、老衰の患者さんについては、現時点では水分や栄養補給に関する論文はあまりなく、明確な治療方針が示されていないのが現状です。
ただ、やはり癌の終末期と同様に大量の点滴は推奨されていません。
点滴は不要という意見も多いです。

そんな中こんな記事を紹介したいと思います。

http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02927_02

著者自身が確固たるエビデンス(証拠)がないと前置きした上で、経口摂取が出来なくなった老衰の患者さんに500ml程度の点滴を行いながら経過を見ていくというやり方が紹介されています。
僕自身、以前にこのやり方を見て賛同を覚え、現在はこれに近いやり方で老衰の患者さんの看取りに向けた診療を行っています。
賛同出来る理由は、亡くなるという結果ではなく亡くなるまでの過程を念頭に置いた治療だと思えるからです。

加齢が進行し終末期を迎えると、ほぼ全ての方が食事や水分摂取を出来なくなります。
逆に言えば、それまでなんとか食べれていた、飲めていたご高齢の方が、食べれない、飲めないとなった時、僕達医師はその方が亡くなる日が近いのではないかと考えるようになります。

でも僕達医師は神様ではありません。
その方が本当にこのまま衰弱していき亡くなるのか、それは神様にしかわかりません。
癌による終末期の患者さんとの決定的な違いはここにあるのかもしれません。
ひょっとしたら、たまたまちょっとした拍子に食欲が落ちているだけかもしれない。その少しの間、点滴などをすれば回復してまた元のように食べれるようになるかもしれない。
可能性の低さに気づきつつも、老衰まで辿り着いたその方の生命力、可能性を信じて、とりあえず点滴をして回復を待つという選択をしてみるのです。

それを続ける中で回復がない、相変わらず水分摂取も出来ないという状態が続いた場合、医師は回復の見込みが少なく、このまま亡くなるという確信を得ます。
その頃には家族もその雰囲気を察知しており、医師が今後の悲観的な見通しをお伝えしても案外受け入れてくれる事が多いように感じられます。
その家族の受け入れが可能になった時点で点滴を継続するか、中止するか、家族と相談して決定していきます。

しかし、この時、家族は患者さん本人が近い将来亡くなるということを承知し、なおかつ点滴により苦痛や生命予後はあまり変わらないということを理解してもらっていながらも、点滴の継続を希望するケースがほとんどです。
亡くなり行く患者さんを前に、何もせずただ成り行きを見守るという行為は、非医療者である家族にとってはとても苦痛を伴うことであり、また医療者にとっては亡くなると確信を得られたこのタイミングでも、家族にとっては頭では分かっていながらも、心情的にはまだ諦めきれない時期なのかもしれません。

当然亡くなる患者さんのことを診るのが私たち医師の仕事です。しかし、それを見送る家族のことをないがしろにして、全て論理的に事を進めるのは間違っていると思います。
老衰で亡くなる患者さんに点滴で少量の水分を補給することは医学的には全く意味がないのかもしれません。
でも亡くなり行く過程において、家族がそれを受け入れるため、納得するためにこの医学的には必要のない少量の点滴が必要だとしたら、それはやはり意味のある処置なのだと思っています。
長嶋 理晴 | 医学 | 01:04 | comments(0) | - |
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